2011年04月23日

《いま》私たちにできることは何もない

・『レッツゴー』80万人越え、本当にありがとうございます。
・出崎統監督、田中好子さんの訃報に接し、言葉もありません。
・松山さん+小雪さん、おめでとうございます。

……と、いろいろ思いはありますが、改めて述べさせてください。
以下は、最近つくづく考えさせられたお話。


とある映画の打上げで、とあるベテラン俳優さんが、「これだけは言いたい」とご挨拶に立たれました。
そのご挨拶の要旨↓

被災地を思えば、映画がどうのと語るのはバカバカしく思える瞬間があるかもしれない。
だが、そうではないのだ。
私が子供の頃、東京は空襲を受けて焼け野原と化した。だが私は、映画に希望を与えられ、人生の何たるかを教えられた。この年まで育つことができたのは、映画のおかげだ。
まず生きなければいけない・生活を立て直さなければいけないというギリギリの局面で、映画人にできることなど何もない。だが、ここを乗り切り、復興のプロセスに入ったときこそ、私たちの存在が意味をもつ。人びとに、明日を生き抜く希望を持ってもらい、人生について考えるきっかけを持ってもらう。
そのためにも、私たちはここにいるのだろう?


ご挨拶が終わった瞬間、会場はスタンディングオベーション。後輩の俳優さんたちが駆けつけて取り囲み、熱い談義が始まりました。

ずっともやもやしていました。

チャリティイベントをやるのもいい。応援メッセージを寄せるのもいい。何もしないより、何かをしたほうがいいには違いない。けれども、いわゆる映画界や芸能界は、映画・テレビ・演劇といったもののために存在するのであり、どんなすばらしい支援活動をしたとしても、しょせん《余技》でしかない。

TIME 誌恒例の「世界に影響を与えた100人」に、福島県南相馬市の桜井市長や、宮城県南三陸町の管野医師が選ばれたとか。
市長や医師という本業を、極限下でもまっとうしたからこそ、彼らは世界さえ揺るがした。
余技で何かをするのもいいし、私自身も公私ともに何かはせずにはいられませんけれど、それより「お前の本業の価値は何なのか?」と問われているのだと思うのです。

そうしたもやもやを、みんな抱えているさなか、「お前に《いま》できることは何もない」と、ズバリと本質に切り込んだ彼。さすがだな……と改めて心服したのでした。
posted by cron at 01:54 | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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