2011年12月27日

著作権と書いて、英国王と読む

酔っぱらってヤケクソで書く。

Winny 作者の無罪が確定したり、SARVH VS 東芝の2審が東芝勝訴したり、本多監督の遺族が東宝を訴えたり……と、イベントつづきの著作権方面。
そしてついに、いわゆる《自炊》代行業者を、東野圭吾さんら作家陣が訴えた。


ホットな話題だが、もしもわが国が法治国家なら、自炊代行業者とやらが複製権&同一性保持権を侵害しているのは明白なので、裁判のゆくえに興味はない。
興味があるのは、わが国が法治国家とは思えないことと、この事例(9月に小説家陣と出版社が質問状を送付して以来)に対する意見の多くが、著作権者側であれユーザ側であれ、法律論ではなく、感情論を持ちだしがちなことだ。


ひとつには、著作権というものの「よくわからなさ」を如実に物語っていること。
またもうひとつには、この国の特殊性がよく出ていること。
この機会に、《著作権》というものの本質に切り込む議論が深まってくれればいいと思っている。


そもそも。
著作権をめぐる議論は、百家争鳴するばかりで、ちっとも実りを生まない。
著作権法というもの自体が、何に立脚するのか? という共通認識が存在したためしがない。

著作権法とは、著作権者の権利を保障する法律なのか、それとも著作権者の権利を制限する法律なのか?
保障するにせよ制限するにせよ、何のために、また、どのような裏づけがあってそうするのか?


著作権法が曖昧なのは、条文には書かれていないけれども、裏に「イギリス国王」が存在するから。
と書けないのが、ベルヌ条約ふくめ各国著作権法の限界であると同時に、出発点ではある。
※ 以下(前ブログ同様に)牽強付会の捏造です。実際の歴史は各自調べてください。


かつてイギリスでは、本の出版には、国王の勅許状が必要だった。
政府によって検閲された本だけが、出版を許される。そのかわり、勅許状を得た出版社は独占的権利を得た。
江戸時代の日本ふくめ、中世社会ではあまねく見られる状況。

アメリカの独立が、この状況に風穴を開けた。
英国王の勅許状はもう要らない。アメリカの出版社は、自由気ままにイギリスの書物の(いまでいう)海賊版を出版しはじめた。
最初はそれでよかった。
だが、アメリカでも書物が書かれはじめたとたん、困ったことになる。優れた書物であればあるほど、たちまちコピー品が溢れかえり、正規品を駆逐した。しかもアメリカだけでなく、英連邦すべて(≒全世界)がアメリカの敵に回った。
しかし、いまさら英国王の勅許頼みに戻るわけにもいかない。

そこで、英国王にかわる権威として、合衆国憲法がつくられた。
著作物(と発明)は、憲法によって守られる。ただし永代ではない。なぜなら、英国王が与える勅許のおよぶ権威は、国王一代限りなのだから。
ここに、保障であり規制でもあるという両義性が生まれた。


つまり。
著作権(と特許)という、権利のような規制のような、両義的な概念が発明されたのは、英国王の権威の代替品としてである。何のためにそれがあるのかと問われたら、英国王のためだとしか言いようがない。
そうは条文には書けないのだが、しかし、曖昧模糊としているがゆえに、それは普遍性を得た。
日本のように、ほんらい西側自由世界とは真逆の社会制度にもとづく社会でも、よく機能した。


……と述べた、著作権の発生の経緯が、歴史的に正しいかどうかはともあれ、著作権法をめぐる両義性(保障or規制)を越え、法解釈論を越えて、《そもそも論》を語れる機運が、わが国に訪れている。


この国は、巷間言われるような法治国家ではない。
もともと君主や宗教の権威にそれほど重きを置いていなかったのかどうか、その代替としての法律にも、誰も重きを置かない。著作権にかぎらず、あらゆる裁判をめぐって、法に則しているかどうかより、「社会通念に照らしてどうか」で評価されてしまう。
法相ですら、法が求める死刑執行をしたりしなかったりする国だ。
「悪法も法である」と毒杯をあおるソクラテスは、日本人からは生まれない。

そのかわり、神の裁決の代替としての裁判制度や、絶対君主の代替としての法律というような、《代替》ではない、本質としての法律論や裁判論が、この国からは生まれ得る。
あるいは、この国からしか生まれえない。


出発点は、感情論でも何でも構わない。
法や裁判をも越え、本質に切り込まねばならない。
この先の答えを導き出せるのは、わが国しかない。自炊業者のような、あきらかにブラックな違法行為も《グレー》とみなされ、議論の対象になってしまう国だ。

より活発な議論を期待するしだいである。

posted by cron at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。